2009年10月21日水曜日

日本祭 (semaine du japon)

最後にブログを書いてから2か月がたってしまった。
書こうと思ってもなかなかその気にならなくて、、、、
僕は昔から日記を書いてもはじめの1週間だけだったしな、、
でも、もう少し頑張ってみよう。

日本祭まであと2週間となり、毎日が大変忙しい日々である。
m,j,cとの打ち合わせ、新聞社からの取材。などなど、、

内容は以前に書いたものとほぼ同様なものにまとまった。
詳細は次の機会にでも書くことにしよう。
m,j,cのサイトも日本祭一色になってきた。
http://www.mjc-arbois.org/home.html

2009年8月17日月曜日

久しぶりに。

久しぶりに書くブログ。
ここ最近は、本業の仕事が忙しくて書く暇が取れなかった。
m,j,cとの打ち合わせも一週間おきであまり進展はしていない。
先日、レストランでの結婚式が終わり今後は日本祭に少し手をつけることができそうだ。

2009年7月29日水曜日

ブドウとワインの博物館(muse de la vigne et du vin)


アルボワはジュラワインの中心地といってもいいぐらいに街の中にワインに関するものがたくさんある。
中心地は商店のほとんどがワインに関係するといってもいいぐらい。
今回は少し博物館を訪ねてみた。
ペコー城(chateau pecauld)
中には当時使われていたワインを生成するための機材や、ワイン生産者の肖像画、葡萄についての説明。
DVD上映や、実際に葡萄畑もある。
在住1年半にして初訪問であった。

2009年7月24日金曜日

続きましては、、

日本食がひと段落したので、他の企画にも着手していかなくてはならない。
さまざまなデモンストレーションは、m,j,cの方が任せてくださいとのことなので、展示会の件を進行していこうと思う。
さっそく総領事館の方に相談したところパリの日本大使館のサイトにフランス語の日本紹介文があるとのことだった。
始め日本語のサイトのほうを見ていたがなにもなくフランス語のほうにあった。
確かにフランス人用の内容なのだから当たり前かな。

残りあと3カ月と少し、大丈夫かな。

2009年7月20日月曜日

日本料理ディナー (repas cuisine japonais)

ようやく日本食ディナーの概要と予算表が大体完成した。
1カ月ぐらいかかった。仕事の合間をぬって少しずつ少しずつ。
今回の食料調達に大変お世話になっているのはジュネーブにある日本食材専門店の内野様。
先月訪問した時もとても感じがよく大変お世話になっています。
もう一軒はパリ郊外にある山下農園様。こちらは2年前にブルターニュのパトリックジェフロワで働いていたときの同僚から話を聞いていたので連絡してみたところ、つながりができた。
来月あたりに訪問して挨拶に行きたいと思っている。
これからもよろしくお願いいたします。(独り言。)

2009年7月18日土曜日

フランスの夜(boite de nuit)


かなり常連のディスコテック(madison)通常10ユーロの入場料はただ。顔パスである。
結構きれいだし顔見知りも多いから気に入っている。
この日は店のスタッフ15人ぐらいの大所帯で、朝まで飲み明かした。
久しぶりだったので、いい気晴らしになった。

2009年7月15日水曜日

パリ祭



パリ祭は、フランスで7月14日に設けられている国民の休日(Fête Nationale)。1789年同日に発生しフランス革命の発端となったバスチーユ監獄襲撃および、この事件の一周年を記念して翌年1790年におこなわれた建国記念日(Fête de la Fédération)が起源となっている。

なお、フランスでは単に「Quatorze Juillet(7月14日)」と呼ばれ、「パリ祭」は日本だけの呼び名である。by wikipedia
ここアルボワもお祭りムード。パレードが行われた。
んで、今日のm,j,cとの打ち合わせは中止になった。最近少し大変だったので、少し休憩かな。

2009年7月8日水曜日

後援依頼

後援申請のための書類のリスト
1、l'engagement ecrit (申請書)
2、un lettre de demande de patronage a M.le Consul general(後援名義使用の許可を依頼するレター)
3、la presentation de la manifestation(今回の企画の概要)
4、la presentation de l'organisateur(主催者の概要(組織図、予算、活動内容など))
5、la presentation du budget(今回の企画の予算収支)

正直今回の日本祭を進めていくにあたり僕自身得るものがすごく大きい。
今まで知らなかったことを知るという喜び。出会ったすべての人に感謝の気持ちでいっぱいである。

2009年7月5日日曜日

コラボレーション(l'autre collaboration)

こんな企画が実現するかもしれない。
それは、日本醸造協会から紹介していただいたある方との出会いだった。
この方はドイツですでに三ツ星レストランとの日本酒とのコラボレーションディナーを成功させていて、もしうちのレストランとのコラボレーションがうまくいけばこの日本祭の大きな目玉となるだろう。
まずは、オーナーシェフにうまく企画のコンセプトを伝えることが第一歩だと思っている。

2009年7月1日水曜日

食材探し(chercher aliment japonais)


今日は、日本食ディナー用の食材を探すためにジュネーブまで行ってきた。
相変わらずレマン湖はきれいだった。
アヌシー湖の次にお気に入りの湖だ。
以外にも街の中心に日本食材店があった。
入ってみたとりあえずの感想は、懐かしい。
事情を説明したところ、とても気持ちの良い対応をしていただけたので、是非必要なものがあったらここにお願いしたいと思った。
(買ったもの)
上新粉、白玉粉、片栗粉、羊羹のもと、寒天、ゆずポン、ゴマゆずなどなど、、さて何を作ろう。

2009年6月30日火曜日

依頼書の完成(le lettre demande est acheve)

今日の打ち合わせで各署への依頼書が完成した。
詳しい名前は今のところ出すことはできないが、日本や、ドイツ、ストラスブール、ブザンソンに協力要請をした。
もしすべてがうまくいけばかなり祭りに影響してくると思うが、どう転ぶかはまだわからない。
もちろん依頼書はフランス語だったので、これを訳すのにはかなり手間取った。

2009年6月26日金曜日

協力者募集(recrutement de partenaire)

日本祭りを協力してくれる人を探すためにパンフレットを作ってみましたので公開します。


フランスのアルボワには日本人が一人だけ そんなフランスチーズとワインとショコラの町が なんと日本祭を開催すると決めたのです!
アルボワで日本祭を作りませんか
日本を知りたいフランス人、フランスを知りたい日本人で一緒に“お祭づくり” そこに日仏青少年の新しい世界が生まれるかもしれません 

 募集要領
①募集条件 2009.10.26頃までにフランスへ自力で来れる方 
②応援メンバーは日本人フランス人あわせて10名程度
③自力応援できる方は日本人もフランス人も⇒junichiiida20060404@yahoo.co.jpへ
 祭の開催期間 2009.11.2 - 11.7 (祭準備は10.26から始めます)
 祭の準備と開催 M.J.C.Arbois(アルボワ市青少年文化会館)
 祭の会場 アルボワ市青少年文化会館 、レストラン★★ジャンポールジュネ、 イルサンジェー         (MOFパティシエ)、 メゾン・パスツール、 市中央噴水周辺 、市教会、 ほか

2009年6月24日水曜日

日本食ディナーのイメージ(repas cuisine japonaise)


日本にある農産物の種類は地域固有のものも含めるとかなり種類がある。
そして、僕が結論をだしたのは、一つの地域の素材を主軸としてメニューを構成することだった。
すぐに頭に浮かんだのが京野菜。いくつかの理由もある。フランス人にとって、日本の名も聞いたこともない土地の食材よりよく知られている京都の食材なら、興味を引かせられるということ。
実際に京都はかなり注目されていることもあるが。さらに、僕自身も京都が日本で一番好きな場所だからだ。

2009年6月17日水曜日

フランス人のフランス語(langue de francais )

前回のm,j,cによる冒頭文章、もちろん言いたいことはわかるのだが、これを日本語で書き表すとなるとこれがまた難しい。なぜなら、人によって書き方が全然違うからだ。
接続語を省略したり、自分の感性で、勝手に単語の意味を変えたりもする。
もちろん日本人もそうだが今の僕のフランス語力ではかなり難しい。
ひとつ面白かったのは、この文章を知り合いに見せたら(すばらしい)と、誉めていたことだった。

企画書(le planning)

昨日の打ち合わせで、m,j,c側からの企画書を受け取った。
今までに話してきた内容を正しいフランス語で修正したものであった。
正直、僕のフランス語力はまだまだ。本格的に勉強してきた人からは程遠いほどの文法でたらめの文章だ。
それでも2年以上フランスでやってきてるわけだ。

で、内容だが、冒頭でこう書き記してある。
un pojet ne d'une idee,d'une envie,d'une passion,d'une rencontre
訳すと、アイディア、探求、情熱、出会いから生まれた企画。
passion pour un pays,envie de sushi,et de faire connaitre ce poduit a tout une population local,au cours de moments d'amitie
寿司を好み、すべての産物を知ろうとする友好関係にある民族に対する情熱。
この訳はかなり自分的な解釈だから、あっていないかもしれない。
正直、難しい。
la MJC,dans le respect de ses statuts,a construit le projet de faire connaitre un pays,une region a travers sa gastronomie,ses coutumes,ses pratiques.
mjcは規約に則り、料理、慣習、しきたりを通して、その国、地域への理解を求める企画を設立した。
un projet est aussi de faire entrer des japonais authentiques dans les ecoles qui y apporteront leur savoir
目的の一つとして、本物の日本というものを小中学校の彼らの知識に植え付けることもある。
elle s'entoure pour cela de partenaires connaissant bien le pays presente,si possibre originaires de ce pays pour garantir une authenticite maximum
上記については、この国をよく知り紹介できるパートナーに巻き込み、可能であれば最大限の真実を伝えるためにもその国の人間が好ましい。
apres les Antilles, le nouvel an Russe,Cuba,c'est Japon qui sera mis a l'honneur au cours d'une semaine ou chaque jour apportera une nouveaute
アンティル諸島の後、ロシアの新年、キューバ、そして日本について、一週間から数日、新しい企画として、喜んで、実施するものである。

本当にこの訳で合ってるの??

2009年6月12日金曜日

japon-expo a paris 2009

7月2から5日までパリにて日本のお祭りが開かれる。
去年の来場者数は、13万人と欧州最大級。
つまり、日本の企業や団体も多数参加するので、協力を得られないかと僕は考えた。
とりあえずメールを送った見たけど、返事は来るのだろうか、、、

2009年6月10日水曜日

フランスの子供たち(les enfants francaises)

お祭りといえばやはり子供たちがメインだろう。
フランスも考え方は一緒らしい。子供向けのイベントも用意することになった。
今のところは、折り紙と凧揚げのコンクール。
これらは、当日までに作ったり実践して、当日に競い合う予定だ。
その先生役をお願いされてしまったが、フランス人の子供と接するのは初めてだし、懐いてくれるのだろうか。ま、ひとまず笑顔でいれば問題ないだろう。
そういえば、領事館に独楽やけん玉もあったしな。使えるかもしれない。
あとは駄菓子もいいかもしれない。そう、屋台だ。
といった具合に次々にネタが増えていってしまう。

日本料理(cuisine japonaise)

3日目には、日本食のデモンストレーションと晩餐会を行う。
正直日本料理のプロではない僕にとってはかなりのプレッシャーだ。
日本人として恥じないよう、正しい知識を持って必ず成功させよう。
デモンストレーションは、寿司や、だしなどをメインに限られた時間をめいいっぱい使う。
晩餐会のメニューはなべ料理、寿司がメイン。副菜として、唐揚げや豆腐、その他みそ料理、漬物等
汁物は味噌汁、デザートは、羊羹かおはぎを考えている。
予定人数は50人から100人とかなりの規模なので、段取りもかなり重要になるだろう。

la demonstration cuisine japonaise est prevu pour troisieme jour
c'est vraiment charge important pour moi donc il faudrai reussir
menu dinner ecrivait ci-dessous
sushi
nave (casserole en traduction littérale) est un mets familial de l'hiver au Japon. Le nabe représente plus un concept qu'une recette. En français, on traduirait cela par fondue.
karaage (friture de viande marinee)
toufu (terrine de pate soja)
soupe miso (misoshiru) est un des éléments essentiels d'un repas japonais avec du riz. L'ingrédient principal est le miso qui est fait de pâte de haricots soja fermentée et salée.
etc

2009年6月9日火曜日

デモンストレーション(demonstration)

かつて日本には多くの武道が存在し、現在は名前を変えスポーツとして行われている。
柔道、剣道、弓道はそのもっとも代表的なものだろう。
この日本古来より伝わる伝統はスポーツ以外にも数多く存在し
茶道、華道、書道と多種多様なものだ。
これらは、フランスなど欧州の人間からすると日本の文化そのものであり、注目度は増加の一途をたどっている。今回のアルボワにおける日本祭でも理事長以下関心は高く、今日の会議ではそのすべてを実施する方向になった。
まず、実演、つまりデモンストレーションしてくれる人を探すことになる。

autrefois appeles bugei mais desormais plus souvent appeles budo
ces termes comprennent les arts martiaux tels que le kendo(escrime),le judo et le kyudo(tir a l'arc)
il y a autre chose qui s'appele le sado(ceremonie du tea),le kado(arrangement floral) et shodo(calligraphie) etc
ils sont interesse par les occidentaux plus en plus parce que vrai traditionnele japonais
finalment nous decidions executer toutes demonstration aujour d'hui
il faut chercherait les gens qui fasse demonstration

アルボワの神輿(mikoshi)

最近アルボワはまた寒くなってきた。ここ3日大雨で雷。今日は雹が降った。
先ほどm,j,cで打ち合わせを終えてきた。
正直話はかなり進んだと思う。
まず、メインイベントとなる神輿の件だが、先日父親が提案してくれたブドウの収穫を神に奉納する形で同意した。相手側も特に神輿は、宗教に関係する行事なだけあって少し抵抗があったようだ。
この案は日本的な神輿のスタイルを取り込んだ、アルボワの独自のスタイルが完成しそうで楽しみだ。
神輿の上には神殿の代わりにワインの樽を乗せることになる。

神輿とほぼ意味合いが同じなお祭りはここアルボワでも行われていた。
それは、毎年9月の第一日曜日に行われる。
ceremonie du biou ブドウの式典と訳せる。ブドウで作った重さ80キロのブドウ状の物をみんなで町を持ち歩き、最後は教会に奉納する。
去年は、仕事中なので見ることができなかったが今年はシェフにお願いして見させてもらおう。
せっかくこの町に長く住んでいるのだから、お祭りごとはどんなものか知っておきたい。

il fait froid en ce moment !!quel temps
tout a l'heure j'ai passe la reunion avec m,j,c-arbois
c'etait bien avancer
d'abord pour mikoshi(sanctuaire portarif que l'on promene dans les rues pour les fetes de quartier)nous desidions comme le ceremonie du biou
on mettrait le tonneau du vin a la place de shinden(petit temple japonaise pour mikoshi)
parce que si on fait vrai mikoshi ,un peu difficile de la difference de la religion
ils ont hesite cette souci donc bon solution et meilleur choix je pense

en fait je ne regarde pas encore la ceremonie du biou parce que j'avais travaille la annee derniere donc je demanderais a mon chef pour cette annee!!
il faut profite bien !!

2009年6月5日金曜日

これから(ensuite)

あと残り時間は6か月、長いようだがあっという間だろう。
これからしなくてはいけないことは山ほどある。
というより、企画を煮つめていくにつれ、あれもしなくては、これもしなくては、とだるま形式に増えていく。
まずは、資金面。
m,j,cの予算は具体的にどのくらいなのか。
資金援助も考えなくては。
展示場の内容と、どのようにつくるか、だ。
写真を多く使いたいし、フランス語の文章はかなり膨大な量だ。これを書くのだけでも相当な作業だ。
料理はどうする。フランス国内で手に入る食材を使って日本料理を作るわけだが、やはり一度パリに行って品揃えを確かめる必要がある。
講演の内容。
そうそう神輿を作りたいとのことだが、、、、。

正直、仕事の合間をぬっての作業はあまりはかどらない。
でもやるしかない。

le reste du temps six mois je pense que ca passerait rapide
mais il y a plein chose a reste plus en plus
d'abord le budget ensuite comment faire la exposition
j'aimerais bien beaucoups des photos mais le document enormement
pour demonstration de cuisine japonaise
une fois il faut alle a paris je crois

en tout cas c'est difficile ce travail mais il faut faire !

2009年6月3日水曜日

ついに(enfin)

昨日再びm,j,cの方と打ち合わせをした。
内容は日取りの決定と内容の具体化。
ついに、この企画がスタートした。
日取りは11月2日から7日までの約1週間。
内容は、日本酒や、日本風のつまみを用いたお披露目式に始まり日本食のデモンストレーション、僕がこれまでフランスで経験したことや、なぜ来たのかなどを重点とした講演会。剣道、茶道のデモンストレーション、折り紙のコンクール。最終日は街の中を神輿が回り、花火で締めくくる。
とりあえずざっとこんな感じだが、これからが大変だ。まず予算、神輿をつくるのにいくらかかるのだろう、、、。当日はぜひ多くの日本人にも参加してもらいたい。
でも、こういうのって結構やりがいがあって楽しい。

hier j'avais discouter avec m,j,c-arbois pour decider le date precis et le fete en detail
le date est 2-7 novemre
le vernissage avec sake et canapes japonais
demonstration cuisine japonais et kendou
ceremonie du tea japonais
concert du origami
dernier jour on porterons le mikoshi(sanctuaire portarif que l'on promene dans rues pour les fetes de quartier du japon)

on ferons comme ca mais il y a plein chose le reste a faire
pour budget et construction de mikoshi etc

en tout cas je dois chercherais des volontaires japonais(es) soit francais(es)
mais j'aime bien ce qui fasse comme ca

2009年6月1日月曜日

長い道のり、その3(フランス編)(mon histoire page 3 en france)

今思えばなんて無謀なことをしたのだろうとつくづく思う。
ビザもなければ行くあてもつてもない。フランス語もろくにしゃべることができない。
さてどこのレストランに行こうか。まずフランスのレストラン情報を得るためにミシュランガイドを参考にした。
ま、とりあえず近いところでレストランが集中していたので、アルザス地方から尋ねることにしよう。

これがまたとてつもなく大変。電車、バスの乗り方がわからない。切符の買い方、乗り換え??放送が聞き取れずドイツまで行ってしまったこともあった。乗り継ぎも悪く本数も少ない。20キロの道を歩いたりもした。ヒッチハイクも試したが駄目だった。というより車もほとんど通らないところだった。

結局2週間ほどで営業中の星付きレストランはほとんど回ったがいい返事はなかった。
このときのひとつ忘れられないのが3星レストランでのこと。

ビザなしを雇うことはできないけど、もしビザがあればぜひおいで。と、シャンパンとフォアグラのテリーヌをいただいたこと。一人で心細かった僕にこれからもがんばる勇気を与えてくれた。

maitenant je pense que vraiment imprudent en ce jour-la
je n'avais pas le visa ni le connaissanse ni le idee et puis je n'avais parle pas de francais donc j'avais cherche sur le guide michelin pour trouverai le restaurant
d'abord j'etais alle au alsace parce que je l'avais connais un peu a strasbourg
mais c'etait extraordinaire je n'avais compris rien prendre le bus ni le train et correspondense et achat le billet etc
une fois j'avais marche 20km jusqu'a un restaurant
finalment je n'avais trouve pas aucun restaurant pour le travail
mais il y avait une bonne souvenir un restaurant etoile
j'etais encourage quand j'avais visite la et ils m'avaient donne un coupe de champagne et une terrine de fois gras c'etais genial
sinons je ne suis pas aujour d'hui

2009年5月31日日曜日

長い道のり、その2(スイスへ)

それは突然の話だった。
ぼくの伯父も料理業界の人で当時のレストランも紹介してくれた。ある日スイスに行かないかと勧めてきた。
正直かなり迷った。フランスでも迷っただろうが、スイス。それも小さなところらしい。
先方にも電話したり支配人に相談したり決断するのに苦労した。

スイスでは9か月過ごした。料理を修行するというより人生の厳しさを学んだ。
ここでの経験はきっと将来役に立つ日が来るだろう。

そして、僕の心にフランスに行きたいという気持ちが出てきた。

2009年5月30日土曜日

長い道のり、その1(日本編)

今日は少し自分の話をしようと思う。
今こうしてフランスで働いているわけだが、それなりに苦労もしたと思う。

現役で理系大学を卒業後、好きな料理の道に行くことにした。
専門学校には行かず、直接レストランで働いた。初めはサービス。
1年の予定だったがおもしろかったので結局2年間。いろいろなことをやらせてもらった。
ケータリングや結婚式、チーズ、ワインも勉強できた。支配人や、先輩方には感謝している。
その後同レストランの調理場に入り1年間、料理の勉強をした。

2009年5月29日金曜日

アルボワ

少しここでアルボワについて話しておいたほうがいいだろう。

アルボワ フランスの東、フランシュコンテ州のジュラ県にある小さな町である。
人口は3000人ほど、夏場は多い時で30000人ぐらいになる。
なぜここまで人口が変わるのかというと、フランス人は結構、避暑地や海、山に別荘を持ってる人の割合が多い。季節によって住む場所を変える人が結構いる。ここアルボワもそのうちの一つだ。

アルボワと言えばまずはジュラワインだと思う。黄色ワイン(vin jaune)や藁ワイン(vin de paille)はフランスでもここだけのワインだ。

パティスリー イルサンジェ (patisserie hirsinger)も有名だ。1996年にMOFをとった4代続いている伝統のあるお店である。

レストラン ジャンポール、ジュネ(restaurant jean-paul jeunet)は今僕が働いている二つ星のレストラン 肉のセクションシェフを任されている。

コンテチーズはこの地方の名前の通り多くの町でつくられている。隣町のポリニーにコンテ博物館があるぐらいのフランスを代表するチーズの一つだと思う。

ま、大まかに説明するとこんな感じだ。そのうち細かく書いていこうと思う。

2009年5月28日木曜日

思ったよりも、、

こういう企画を先頭に立ってした経験のない僕にとって、それがここフランスでするわけだから大変だとは思っていた。どういう話し合いになるんだろうか、m,j,cの社長はどういう反応をするのだろうか。社長次第で、この祭りの規模や予算、すべてが決まると思うので失礼のないように心がけた。
結果、相手側の対応は思ったよりも乗り気であった。
僕が、半分冗談で提案した神輿を担ぐ案をたいそう気に入ったようで、来週にもう一度具体的に打ち合わせをすることになった。
今のところの予定は、11月2日から、一週間かけて様々なイベントを行うことになった。今後の方向として、まず予算の確保や、協力してくれる人を探していくことになる。

とりあえずここまでが今までの流れである。
このブログを立ち上げることになったのは父親からの“細かい内容は記録しておいたほうがいいという”アドバイスと、もともと機会があれば始めてみたかったのでこの機会にと思った。

飽きっぽい自分がどこまで続くか、少し自分との闘いのような気もする。

2009年5月27日水曜日

第一回、日本祭会議

5月26日、雨天。
やはり不安だ。秘書の人は来るのだろか。
普通に時間同りに来た。何事もなかったかのようにm,j,c内部を案内してくれた。(まあ、こんな感じな人なんだな、と思っていた。)
内部はというと、日本でいうところの市民センターのような印象だった。
畳の部屋があり(ここでは週に一度、柔道と合気道のけいこが行われるらしい)、そして、裁縫室。
映写室、ワインカーブ、会議室などがあった。このぐらいのスペースがあればいろいろなことができることだろう。
少し遅れて社長がやってきた。60歳ぐらいのにこにこした人だった。
予想通り、ところどころにおやじギャグを連発する人だった。

おやじギャグというのはフランスにも存在するんだなとその場の空気が僕に語りかけた。
フランスジョークは、それでなくても難しいのにいったいどこで笑えばいいのだろう、、、。

そんなことはさておき、会議は用意した企画書を用いて行われた。

ストラスブール

結局一人でストラスブールに来た僕は、あまりの変わりように驚いていた。
一年ぶりとはいえ、以前来た時はまだ駅の工事中だったし、それにあまりいい思い出がなかった。

予定時間きっちりに到着。さっそく領事館の人に電話をしたところすでに駅にいるとのことだった。
久しぶりの日本人との対面に緊張したが、すぐにそんなことは忘れていろいろな話をした。
特に今回の件とは関係のない話ばかりだったが、相手の人はとても感じがよく、僕は気が楽になった。

昼食を近くのブラッセリーで済ませ、僕らは領事館へ向かった。工事中のため領事部のみの訪問になったが実に実りのあるものだった。そこには今回のようなイベント用の貸出しの着物や、はっぴ、写真や日本紹介本(フランス語翻訳)、それに駒や竹トンボ、折り紙など、僕自身懐かしいものばかりだった。彼女が言うにはこれらはすべて貸出可能だそうだ。
さて、次回こそは、m,j,cの方と来たいものだなと思いその場を後にした。

余談だが、21時発の列車待ちはかなりきつかった。

フランス人と日本人

さてストラスブール行きを明後日に控えた。何事もなく領事館員の方との打ち合わせの時間を決めた。列車のチケットも買った。(通常の60パーセントで。だいぶフランスの生活にも慣れ損することがなくなった。)
 しかし肝心のm,j,cの方から連絡がこない。2週間も、、、。
不安になった僕は、秘書の方に電話をしたところ、では午後にでもどこかで話をしましょうということになった。これはいったいどういうことなのか、僕はこの話自体がなかったことになるのではないかと、少し覚悟していた。
 その日は5月だというのにとても暑かった。去年はこんなに暑かったかな、と思い出していた。
まあ昔のことをあまり振り返らない僕にとっては思い出せるはずもなく、日記を書くこともない僕にとって去年のことなど、、、そうそう、ここアルボワに来たのが4月29日だったからその頃か。
 近くのバーで明日の件を確認したところ、社長も、行くので車で行きましょうとのことだった。ほっとした。まあこれがフランス人の性質なのかもしれない。
 しかしその夜、秘書からの電話で、明日社長に重要な会議が立て続けに入ったので、行くことができないとの連絡がきた。さて、いったいどうなることやら。 

壮大な計画

それから3週間余り、父親やその知人たちとのメールのやり取りが続いた。
知人たちというのは今回が僕にとっては初対面の方々である。こういう形で人との縁ができることはうれしいことだ。それに年配の方に助言を頂けるのは光栄なことでありとても勉強になる。

父親はかなりの親ばかだ。(母親もだが。)28歳になる息子からなかなか子離れ出来ていない。多分どこの家庭も大差はないと思うのだが、親からすれば子供はいつまでたっても子供のままなのだろう。

話は計画に戻る。父の知人、それは僕にとってたいそうな方々であった。フランス企業の元社長秘書。外資系企業の元社長。国際通訳家。領事館員。作家。
さらに話を膨らませていく父親に対して僕はSTOPをかけた。
なぜなら僕らがいくら話を進めたところで肝心のm,j,cの方々とまだ話が進んでいないからだ。

まず僕はm,j,cの方々とストラスブールにある日本領事館に行くことにした。
予定日は5月19日。まだ3週間も先のことだったが、先方にはその旨を伝え、是非にとのことだった。
この時僕はこれで少しは話が進んでいくのだろうと、ほっと肩を下ろした。

まずは相談

話は続くが、この話を受けた後、初めに相談したのは父親だった。
何せこういう企画に関しては昔から得意げに(俺はプロだから)と自慢していたのを覚えていたからだ。

今では当たり前のように安い料金で日本に電話することができる。(フランスに来た当時はそれはもう悲惨な生活でした。)

父親は嬉しそうに相談に乗ってくれた。そしてとんでもない方向に話は流れていくのだった。

ターニングポイント

先月の4月19日、一つの話が舞い込んできた。
その内容とは、ここarboisで日本祭をやってもらいたいとの依頼だった。
・・・・・正直あまりにも唐突でびっくりしたが、即答でOKをした。
なぜなら今まで約3年間このような機会を待っていたからだ。


   →place de la liberte arbois